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 「本当に一人で大丈夫?」
 「おー」

 いってくると、どこか覚束ない足取りで階下の浴場に向かい部屋を出て行く兄さんを見送ってから、とりあえず寝間着代わりのジャージの下だけ身に付けて僕はぐしゃぐしゃの自分の寝台に向き直った。
 足側に蹴りやられわだかまっているタオルケットに、そこここに落ちている兄さんと僕の制服。ゴミ箱の中には…まぁとにかく、こうして惨状を改めて見ると兄弟でしてることの異常さが浮き彫りになって僕は小さく息を吐く。が、それも今更なこと。
 兄さんが帰ってきたら一緒に寝たいと思うくらいにはヤられてるから、文句などあるわけもなく黙々と寝台を整え始める。まずは蟠ってるタオルケットをどかしてシーツが汚れてないか確認。多少汗を吸って湿ってはいるが取り替える手間と天秤にかければそのまま寝られる程だ。皺の寄ったそれを直してる内に僕は何か小さな硬い物を見つけた。

 「100円玉…?」

 よく見れば布団の隙間そこここに小銭が挟まっている。最初財布が口を開けて落ちているのかと思ったが、ベッドで財布を弄った記憶がない。首を傾げつつとりあえずそれらを纏めて置いて床に放置していた自分の制服を拾い上げた。皺を伸ばすようにしてきっちり壁にかける。その時点で兄さんが戻ってくる気配はなかったから、兄さんの制服も掛けてやろうと拾い上げた。その時だった。
 制服のズボンのポケットからするりと何かがこぼれ落ち、硬い床に跳ねてかんかん高い音を立てた。

 「……」

 僕は無言でそれを拾い上げ、ベッドヘッドに積んであった小銭の上に重ねた。


***

 「っあー、サッパリしたー」

 灯りが小さく落としてある廊下を室内履きをぺたぺた言わせ歩きながら一人言。
 熱帯夜と、情事後の体の火照りもあって温めのシャワーにしたのがよかった。終わった直後はしつこく弄られた所(どこかは聞くな)はヒリヒリするし無理やり開かれた足は怠いしで正直気分は下がっていたけど、これでけだるかったのが大分すっきりした。濡れた頭を拭きながら弟の待つ自室へと向かう足も少しだけ軽くなる。
 出来た弟だから、部屋を片付けて自分を待っててくれてるだろう。一緒に寝てやってもいいな、と機嫌よく部屋のドアを開くと雪男はいつもの厚い服からは決して覗かせない鍛えた上半身を晒してベッドに腰掛けていた。戻ってきた俺に気づいて顔を上げ、こちらに柔らかい笑みを向ける。

 「おかえり」
 「お、…おうっ」

 ドキッとしたのは、多分、惚れてるからなんだろうな、なんて。思うくらいにはヤられているわけだから、笑顔のまま手招きする雪男のもとへ近づいていく間、痛いくらい鳴る心臓を馬鹿みたいだと言えない。
 変な磁力でも持ってんじゃねえかってくらいに、自然と弟へ顔が引き寄せられていきもう少しで唇が触れる、その瞬間。

 ぐわしっ、と。

 「……?」

 俺は一瞬何が起きたかわからなかった。何か痛い。頬が痛い。いや、つうかマジで痛いって!
 弟のデカい片手が俺の頬を下から挟むようにしてギリギリ締め上げている。驚いて尻尾をばたつかせてもがく俺に、雪男さんはそれはそれは楽しそうに笑いました。でもその目が笑ってないことには今気づきました。不覚過ぎる俺。
 俺こいつに何かした?一瞬どきりとして記憶を辿るけど、何も思いつかない。むしろ散々されたのは俺の方だ。ならばこれは喧嘩を売られてるのだと判断できる。と、もう一方的にやられる俺様では無い。拘束具のような硬い手をそれ以上の力で引き剥がす。

 「っ!何すんはよふひほ!?」

 三文字も保たずまた掴まれたけど。
 しかも中途半端に口を開いた所を再びぐにっと挟まれたせいで、さながらムンクの叫び+蛸口になってしまったが構わず目の前のメガネを睨みつける。

 「はー…」

 雪男が深い溜め息を吐いた。びくりと尻尾が跳ねたのはあれだ、ビビったからでは無い。断じて無い。
 そんな俺をよそに、雪男はこれ、と掌に握っていたものを見せた。身構えつつ、顔が固定されているため視線だけ向ける。

 「おはへ?」
 「そう、お金だね。ベッド直してたら出てきた。その額760円」
 「……」
 「そして兄さんはさっき110円のアイスを食べていた」
 「…………」
 「それを意味するところは?」

 …最近の 弟のお気に入りは サスペンス(字余り)
 きらりと眼鏡光らすメガネの目を俺はもう見れなかった。つか見たくなかった。
 不自由なまま視線だけ逸らし黙秘を貫く俺に、雪男はわざとらしく溜め息を吐いた。

 「…それから。さっき兄さんの制服拾った時にもズボンから落ちてきたんだよ。その額130円」

 決まりだね。と、眼鏡を上げる仕草で言う。兄貴を睥睨しやがんな。

 「何で1000円札で払ったおつりをそのままポケットにいれるのかな…ただでさえ兄さん月末お金ないってたかりにくるのに、僕に。そもそもお金を大事にしてないんじゃないの。だから平気にたかりにくるんだろ、僕に」
 「ほくっへにはいいっは…」
 「口答えすんな」

 スーパー説教タイムになってる弟はツッコミすら受け入れないらしい。でも漸く手だけは離してくれて、ヒリヒリする頬を両手で包み守りながら弟を睨みつける。すっかり涙目になってしまったが仕方がない。

 「たかるのは悪ぃと思ってるよ!でも足りないのも本当だっつの!」
 「…反省の色は皆無か」

 ふー、とまた弟が息を吐く。途端噛みついてた勢いが引っ込むのは、もう条件反射だった。怯えきる俺に、にっこりと笑って見せる雪男。その目が笑ってないことくらい一瞬でわかるけど、色々遅すぎんだよ!

 ――かくして。
 逃げ出そうとした俺の尻尾を掴んで非道にもベッドに引きずり込んでせっかく汗流したばかりの俺を好き勝手したあげく、「先生ごめんなさい」なんて趣味丸出しの謝り方からお願いの仕方まで徹底的に教え込んだ変態様もとい自慢の弟は、翌日教室で撃沈している俺を尻目にちゃんと先生やっていた。憎い。
 余程隣で先生姿の変態様をキラキラ見上げているしえみに、アイツの最近のお気に入りは先生と生徒プレイだって教えてやりたくなったが、そこはそれ、色々ダメージがデカすぎるから止めた。しえみにも、俺にも。
 だって、なぁ?

 『…またして欲しかったら小銭、ポケットに入れときなよ。…何度でも、シてあげるから』

 なんて。
 余裕なふりして隠しきれてない盛りついた声で言う弟なんて。
 しばらく俺だけ知ってりゃいい。





 ――――



 一巻カバーで財布があんのにわざわざ小銭が描いてあるのは、きっとりんりんに小銭をポケットに入れる癖があるからに違いないという妄想。雪男は別にどうも思っちゃいないが、いじめる口実は多い方がいい。