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「・・・パンツの換えが切れた」 ――被害は深刻だ。 「・・・まさか今履いてるのも、今まではいてた奴じゃ・・・」 憤慨した様子で尻尾を僕の後頭部にびたびたぶつけてくる兄さんに、僕はひとまず安心してまた机に向き直った。画面が消えてしまっていた電子辞書のスイッチを再びいれて、訳のひっかかる単語を調べ始める。背後では兄さんががしがし頭を拭いてる。 「まいったな。北海道とか晴れてんのに、なーんでこっちは晴れねーんだろ」 兄さんがタオルを首にかけて明るい声を出した。 「あーでも、一日晴れっかな。朝晴れてても逆に夕立降ったりするから、干していくのもそれはそれで危ない気がするけど・・・」 その兄さんが難しい顔をして唸る。そう、問題は更に深刻で、僕らは朝に学校が始まり、夜は祓魔塾と一日寮をあけることになるから、少しでも雨が降る可能性があると外に洗濯物を干していけない。そのことが兄さんを更に追いつめていた。 「晴れるといいけどなー。あ、照る照る坊主でも作るか!」 兄の恨みがましい視線をスルーして、メモを取りながら読み進めていた文献を閉じた。散ってるペンや消しゴムも軽く纏めて片づける。 「風呂?」 こちらをちらちら窺ってくる兄さんを無視して、クローゼットの引き出しからタオルと寝間着にしているジャージを引っ張り出す。パンツも探り当てたところで、兄さんの舌打ちが聞こえた。何を期待していたんだ・・・。 「じゃあ行ってくるから。ちゃんと宿題片づけなよ」 いってきます、いってらっしゃいとたかが風呂に入るだけなのにそれぞれかわして、僕は風呂場に向かった。
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大きな浴槽の中で足を伸ばして、湯に浸かる。心配してたけど、風呂をでて部屋に戻ると兄さんはちゃんと机に向かっていた。相変わらず進みは遅いけど。 「・・・・・・・・・」 自然にお互いの手が触れて指を絡めて握る。ぺたぺたとスリッパの鳴る音だけで、特に何も話したりはしない。 「・・・珍しいじゃん。お前がこの時間に寝れんの」 他愛ない会話をしながらも、手は何故か離れなかった。どちらが離さないというわけでもない。兄さんの、朝の起きたままぐちゃぐちゃの寝台の上に兄さんが座ったから僕は見下ろす形だ。おやすみ、うんおやすみとお互いに交わして、軽く唇が触れるだけのキスをする。そのままちろりと唇をなめられた。顔を離すと、兄さんの瞳は僕を静かに見上げる。しかし尻尾はその向こうでそわそわ揺れていた。 「ん・・・」 軽く顔を傾けて再びしたキスは、先ほどとは比べ物にならないほど深いものだ。軽く開いた唇に誘われて舌を差し入れる。上顎をくすぐるようにすると握る兄さんの手に力がこもり、同時に僕の首に腕が回った。引き寄せられるまま、僕の片膝も寝台に乗り上げる。 「ふぁ・・・んっは、・・・」 歯磨き粉の薄荷の味がする。次第にそれも薄れて探る咥内がだんだん熱くなってくる。それに併せて絡める舌が甘くなっていくように感じるから不思議だ。強く吸うとびくりと抱きしめる肩が震えるのも可愛いと思う。 「あっ!あっや、それ!やめっふァ・・・!」 首に回していた兄さんの両手が僕の背中のシャツを握る。引きはがそうとしているのだろうけど、力の入らない手では到底無理だ。嫌?と聞くと、少し迷った後、こくこくと頷くから強く吸いついてやった。兄さんの口から悲鳴が上がる。赤く色づいたそこに優しく舌を絡めてやれば、吐息が甘くなった。 「あ・・・」 ふてくされた顔に、小さく笑った。そしてそのまま肌を味わうように撫でていた手を下に持っていく。当然そこは熱くなっていて、誘われるように直接下着の中に手を入れる。 「あ、は・・・ぁ・・・ァ!あ、ゆきお・・・強・・・っや、そ、な、すん・・・ふぁ!」 兄さんの力の入らない手がするりと僕の背中から、ジャージの中にある手へと動く。そこに止めようとする意志が明確に見えて、僕は思わず兄さんを見下ろした。赤い顔で唇と瞳を濡らして僕を見上げる兄に、衝動的にめちゃくちゃにしたい気持ちになるけど、ぐっと堪える。 「し、下・・・脱がせ・・・じゃない、脱ぐから待って・・・」 最後は殆ど蚊の鳴くような声だった。 「俺、言ったよなぁ・・・?これが最後の一枚だって・・・」 ぐ、と僕が更に右手に力を込めると、兄さんも負けじと押し返してくる。しかし上から押しかかる僕が体勢的にずっと有利だ。そして右利きである兄さんに対して、僕は両利き。勝負は明白だった。 「あ、ちょ・・・てめ、雪男!!」 ほどなくして。 「そもそも兄さんから誘ってきたのに、今更無しはないよね」 手をずらして兄さんの両手を片手でまとめると、空いた右手をするりと下着の中に潜り込ませた。兄さんが息を呑んで軽く身を竦ませる。この期に及んで両足を閉じてみせるが、大した抵抗にはならないのは兄さんもわかってるらしい。悔しそうに顔を歪ませる。 「ふぁ・・・あ・・・ぅ、ほん、と・・・やめろよ・・・ぉ」 見れば今度は泣きそうな顔をしている。自由にならない体の代わりに固く目を瞑って顔をシーツに押しつけて、どうにか熱を逃がそうとしていた。考える余裕もないのだろう、揺れるしっぽがシーツを滑っては時折僕の腕を弱い勢いで叩く。誘われるまま僕は体を重ねてその横顔に何度も口づけた。くちゅくちゅと漏れだした水音がくぐもって聞こえる。抑えきれない荒い息が引き結んだ唇から次第に堪えきれなくなって漏れ出す。 「あ!や、だめだ!雪男!ほんと、ほんと・・・出ちまうっ」 ぐちゅぐちゅと、先ほどまでの比じゃないくらいの激しさで動かすと腕の中の体が硬直したままびくびくと震えた。 「くぅっは、あぁ!んあっはっでる、っだめっほ、と・・・でちま、からぁ!あ、おねが・・・ぬがせて・・・ぁ、雪男ぉ・・・!」 見上げてくる瞳に、ぞくぞくする。
「でも、兄さんだってノリノリだったじゃねぇか」 思わず舌打ちをしたのも仕方ない。 「・・・今日は早く寝れるはずだったのに」 見上げた時計は普段の就寝時間の少し手前をさしている。このまま行けば確実就寝時間より遅くなるだろう。何でこんなことになったんだ。考えるのもばからしくて、僕は一人ため息を吐いた。その時、無人店の引き戸ががらりと開いて、僕は驚いて振り返る。扉の隙間からひょっこりと兄さんが顔を出した。 「終わったかよ」 何の心配をされたんだか。そう言う兄さんの足取りこそ、おぼつかなくて僕はそう思う。顔の火照りもまだ治まりきってなくて、ここに来るまでによく無事だったものだ。僕は久しぶりに神に感謝した。 「よくここがわかったね」 匂い?みたいなのでわかるんだと。そう継ぎ足す兄さんの顔が赤い。クロになにを言われたんだろう、聞くのが怖い。 「・・・いいよ、許してやる」 もうするなよ、と言うから、それは約束できないと正直に言ったら尻尾で後頭部を叩かれた。 「兄さん・・・もしかして、今・・・ノーパン?」 なんだよ、最初からそうすればよかったじゃないか。
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