&ランドリー.




 今年の梅雨は少々特殊らしい。何でも例年より日本の北部上空に寒気が張り出していて、高気圧と挟まれた梅雨前線がその名の通り一定個所に停滞して、いつも以上に局地的に長い雨をふらせているらしい。ここ正十字学園もその局地にハマっていて、ここ一週間、常にではないものの激しい雨を降らせていた。
 恵みの雨と言えど、過ぎたるは及ばざるがごとし。テレビでは各地の水害が報道されてるけど、身近な所ではまず兄さんがその被害にあったようだ。

 「・・・パンツの換えが切れた」

 ――被害は深刻だ。
 僕は思わず勉強の手を止めて、大浴場から戻ってきた兄さんをまじまじと見た。

 「・・・まさか今履いてるのも、今まではいてた奴じゃ・・・」
 「ちげえよ!これで最後だっつー話をしてんの!」

 憤慨した様子で尻尾を僕の後頭部にびたびたぶつけてくる兄さんに、僕はひとまず安心してまた机に向き直った。画面が消えてしまっていた電子辞書のスイッチを再びいれて、訳のひっかかる単語を調べ始める。背後では兄さんががしがし頭を拭いてる。

 「まいったな。北海道とか晴れてんのに、なーんでこっちは晴れねーんだろ」
 「北海道まで前線行ったらそれこそ環境サミットどころの話じゃないよね。・・・まあでも明日は漸く晴れるらしいから、ひとまずよかったじゃない」
 「そうか?」

 兄さんがタオルを首にかけて明るい声を出した。
 勿論新しい方の寮にはちゃんと乾燥機がついていて、そこに住んでいる学生達はこんな悩みは持たない。しかし僕らが使ってるのは旧寮で、古びた洗濯機が五台あるだけだ。普段はそれを使って洗濯して、屋上の錆びた物干し竿に干したり、僕なんかは雨だと部屋に干したりもするけど、家事について変にこだわりを持ってる兄さんは(いつだか誰かがどこに嫁いでも恥ずかしくないって言ってたけど、この辺りもそこらの女性より兄さんはしっかりしてるだろう)、洗濯物を部屋で干すのを嫌う。まるでサバンナの雨期のような長雨に突入してから僕は一度洗濯したけど、兄さんはじりじりとそのストックも減らし続けた。そろそろシャツもヤバいだろうが、そっちはTシャツで何とか凌いでるらしい。中学の頃からの文字Tブームを続けていた自分に自分で感謝していた。可愛いと思う。バカで。

 「あーでも、一日晴れっかな。朝晴れてても逆に夕立降ったりするから、干していくのもそれはそれで危ない気がするけど・・・」

 その兄さんが難しい顔をして唸る。そう、問題は更に深刻で、僕らは朝に学校が始まり、夜は祓魔塾と一日寮をあけることになるから、少しでも雨が降る可能性があると外に洗濯物を干していけない。そのことが兄さんを更に追いつめていた。

 「晴れるといいけどなー。あ、照る照る坊主でも作るか!」
 「勉強したら?」
 「・・・・・・・・・」

 兄の恨みがましい視線をスルーして、メモを取りながら読み進めていた文献を閉じた。散ってるペンや消しゴムも軽く纏めて片づける。

 「風呂?」
 「うん、行ってくる」

 こちらをちらちら窺ってくる兄さんを無視して、クローゼットの引き出しからタオルと寝間着にしているジャージを引っ張り出す。パンツも探り当てたところで、兄さんの舌打ちが聞こえた。何を期待していたんだ・・・。

 「じゃあ行ってくるから。ちゃんと宿題片づけなよ」
 「わーってるよ」

 いってきます、いってらっしゃいとたかが風呂に入るだけなのにそれぞれかわして、僕は風呂場に向かった。

 

***

 

 大きな浴槽の中で足を伸ばして、湯に浸かる。心配してたけど、風呂をでて部屋に戻ると兄さんはちゃんと机に向かっていた。相変わらず進みは遅いけど。
 兄さんの課題が終わるのを待って、何となく一緒に歯を磨きに部屋を出た。身支度を終えて部屋に戻る途中で並んで廊下を歩いていると、ふと兄さんの手がこつんと僕の手に当たる。

 「・・・・・・・・・」

 自然にお互いの手が触れて指を絡めて握る。ぺたぺたとスリッパの鳴る音だけで、特に何も話したりはしない。
 部屋に戻ると、もう寝るだけだったから明かりはつけなかった。

 「・・・珍しいじゃん。お前がこの時間に寝れんの」
 「たまにはね。最近寝不足だったし」
 「俺、お前の睡眠時間だと死ねる気がする」
 「兄さんは寝すぎなんだよ」

 他愛ない会話をしながらも、手は何故か離れなかった。どちらが離さないというわけでもない。兄さんの、朝の起きたままぐちゃぐちゃの寝台の上に兄さんが座ったから僕は見下ろす形だ。おやすみ、うんおやすみとお互いに交わして、軽く唇が触れるだけのキスをする。そのままちろりと唇をなめられた。顔を離すと、兄さんの瞳は僕を静かに見上げる。しかし尻尾はその向こうでそわそわ揺れていた。

 「ん・・・」

 軽く顔を傾けて再びしたキスは、先ほどとは比べ物にならないほど深いものだ。軽く開いた唇に誘われて舌を差し入れる。上顎をくすぐるようにすると握る兄さんの手に力がこもり、同時に僕の首に腕が回った。引き寄せられるまま、僕の片膝も寝台に乗り上げる。

 「ふぁ・・・んっは、・・・」

 歯磨き粉の薄荷の味がする。次第にそれも薄れて探る咥内がだんだん熱くなってくる。それに併せて絡める舌が甘くなっていくように感じるから不思議だ。強く吸うとびくりと抱きしめる肩が震えるのも可愛いと思う。
 いつの間にか兄さんと布団の距離がゼロになる。甘い声で名前を呼ばれて、自然に兄さんの肌に手が伸びる。鼻先を首筋に押しつければ石鹸のいい匂いがした。
 柔らかい生地のTシャツの裾をめくりあげて、肌に吸いつく。そのまま胸の先に唇を滑らせる。まだ柔らかいそこだって、舌を軽く絡めてやるだけで固く立ち上がるから、どうしたって夢中になる。
 尖った先を軽く唇ではんで露出した先を舌先で擽ってやると、過ぎた刺激に兄さんは身を捩って感じ入った。

 「あっ!あっや、それ!やめっふァ・・・!」

 首に回していた兄さんの両手が僕の背中のシャツを握る。引きはがそうとしているのだろうけど、力の入らない手では到底無理だ。嫌?と聞くと、少し迷った後、こくこくと頷くから強く吸いついてやった。兄さんの口から悲鳴が上がる。赤く色づいたそこに優しく舌を絡めてやれば、吐息が甘くなった。

 「あ・・・」
 「・・・強くされた後、優しくされるの。兄さん好きだよね」
 「・・・うっせぇ・・・」

 ふてくされた顔に、小さく笑った。そしてそのまま肌を味わうように撫でていた手を下に持っていく。当然そこは熱くなっていて、誘われるように直接下着の中に手を入れる。

 「あ、は・・・ぁ・・・ァ!あ、ゆきお・・・強・・・っや、そ、な、すん・・・ふぁ!」
 「痛い?」
 「ぃったく、ねえけど・・・はぁっ!だめ・・・ま、っゆき・・・!」

 兄さんの力の入らない手がするりと僕の背中から、ジャージの中にある手へと動く。そこに止めようとする意志が明確に見えて、僕は思わず兄さんを見下ろした。赤い顔で唇と瞳を濡らして僕を見上げる兄に、衝動的にめちゃくちゃにしたい気持ちになるけど、ぐっと堪える。
 そんなこと全く知らない兄さんは、一回息を呑んでから酷く無防備な顔をくしゃりとゆがめた。

 「し、下・・・脱がせ・・・じゃない、脱ぐから待って・・・」

 最後は殆ど蚊の鳴くような声だった。
 僕は一瞬呆気に取られる。その後した表情は、僕は安心させるように微笑んだつもりだったんだけど、兄さんの目にはそうは映らなかったらしい。真っ赤だった顔が一瞬にして青ざめる。と思えば、ばっ!と今までの緩慢さはどこへやったと思う速度でもう一方の兄さんの手が僕の手を剥がそうと伸びるが、一瞬早く僕の手がそれを捕まえる。そのままぎりぎりとまるでレスリングで組合うかのような形で力と力の押し合いが始まった。

 「俺、言ったよなぁ・・・?これが最後の一枚だって・・・」
 「言ってたね・・・それが?」

 ぐ、と僕が更に右手に力を込めると、兄さんも負けじと押し返してくる。しかし上から押しかかる僕が体勢的にずっと有利だ。そして右利きである兄さんに対して、僕は両利き。勝負は明白だった。

 「あ、ちょ・・・てめ、雪男!!」

 ほどなくして。
 兄さんの両手は、あえなく兄さんの頭の上のシーツに拘束された。可愛げなく蹴りを繰り出してくる足は乗り上げて封じる。更に尻尾でまでガードしようとしてきたが、すぐに思い至ってそれは止めたらしい。うん、賢明な判断だ。

 「そもそも兄さんから誘ってきたのに、今更無しはないよね」
 「俺はただ下を脱ぎたいって言っただけで・・・!」
 「それを僕が許すと思う?」

 手をずらして兄さんの両手を片手でまとめると、空いた右手をするりと下着の中に潜り込ませた。兄さんが息を呑んで軽く身を竦ませる。この期に及んで両足を閉じてみせるが、大した抵抗にはならないのは兄さんもわかってるらしい。悔しそうに顔を歪ませる。
 取っ組み合いで萎えてしまったかと思ったけど、むしろさっきより熱を増してるようにも思えるそれに僕は口角があがるのを押さえることができなかった。指を絡めて、緩く上下してやると一気に兄さんの吐息が甘くなる。こういうところが素直だから、本当、どうしようもない。
 少しだけ力を入れて根本の方から扱いてやれば次第に足が開いていく。

 「ふぁ・・・あ・・・ぅ、ほん、と・・・やめろよ・・・ぉ」

 見れば今度は泣きそうな顔をしている。自由にならない体の代わりに固く目を瞑って顔をシーツに押しつけて、どうにか熱を逃がそうとしていた。考える余裕もないのだろう、揺れるしっぽがシーツを滑っては時折僕の腕を弱い勢いで叩く。誘われるまま僕は体を重ねてその横顔に何度も口づけた。くちゅくちゅと漏れだした水音がくぐもって聞こえる。抑えきれない荒い息が引き結んだ唇から次第に堪えきれなくなって漏れ出す。
 滑りのよくなった手を一度引き抜いて、より動かしやすいように入れ直す。手のひらで包むようにしてやると弱い先端が擦れるから、案の定兄さんは驚いて目を閉じるでないし見開いた。

 「あ!や、だめだ!雪男!ほんと、ほんと・・・出ちまうっ」
 「我慢すればいいだろ」
 「できるか、ばかっ・・・あ!?ヒ、・・・あ、やぁぁっ」

 ぐちゅぐちゅと、先ほどまでの比じゃないくらいの激しさで動かすと腕の中の体が硬直したままびくびくと震えた。
 両手はもう自由にしてあげてたけど、兄さんはそんなこと気づく余裕もなくただシーツにしがみつくしかできない。殆ど覆い被さるようにして抱きしめる僕より一回り小さな体。いつの間にか両手がシーツを離れ、僕の背中のシャツをぎゅうと握りしめた。

 「くぅっは、あぁ!んあっはっでる、っだめっほ、と・・・でちま、からぁ!あ、おねが・・・ぬがせて・・・ぁ、雪男ぉ・・・!」

 見上げてくる瞳に、ぞくぞくする。
 血のつながった兄弟で、男同士で、本来だったらこの人相手に抱くはずのないこの興奮は、僕から言わせたらこの人でないとあり得ない。好きな人、恋人。そんなものを飛び越えて、兄は僕を駆り立てる。寄せた唇で尖った耳に歯を立てた。
 ――そして。
 いやだ、やめろ、はなせ。お願いだから。僕にしがみついたまま一頻り言い続けた兄さんは最後そのまだ筋肉の付き切れてない細い背をしならせて、イッた。

 


 ごうん、ごうんと乾燥機の音が響く。
 夜中の町外れのコインランドリーは僕一人しか居なくて、一人分の洗濯物を乾かす音も大きく響く。固いプラスチックの長いすに腰掛けて、旧式の乾燥機の中でぐるぐる回る兄さんのパンツやらシャツやらを眺めながら、いったい何やってるんだろうとため息をつくのも忘れて思った。
 確かに少し調子に乗ったのは認める。

 「でも、兄さんだってノリノリだったじゃねぇか」

 思わず舌打ちをしたのも仕方ない。
 我慢に我慢を重ねてイッた兄さんは相当気持ちよかったらしく、その後体を繋げても普段は滅多に言わない「気持ちいい」発言も飛び出すほどノリにノっていた。可愛かった。じゃなくて。
 終わった後、どろどろになったパンツに兄さんは裸のまま大激怒して、洗ってこいと汚れ物と一緒に僕は部屋を追い出された。そして今、僕は大人しくコインランドリーで言われたとおり兄さんの洗濯物を洗ってる。

 「・・・今日は早く寝れるはずだったのに」

 見上げた時計は普段の就寝時間の少し手前をさしている。このまま行けば確実就寝時間より遅くなるだろう。何でこんなことになったんだ。考えるのもばからしくて、僕は一人ため息を吐いた。その時、無人店の引き戸ががらりと開いて、僕は驚いて振り返る。扉の隙間からひょっこりと兄さんが顔を出した。

 「終わったかよ」
 「・・・なんだ、来たの」
 「・・・心配だったから」

 何の心配をされたんだか。そう言う兄さんの足取りこそ、おぼつかなくて僕はそう思う。顔の火照りもまだ治まりきってなくて、ここに来るまでによく無事だったものだ。僕は久しぶりに神に感謝した。

 「よくここがわかったね」
 「・・・クロに教えてもらった」

 匂い?みたいなのでわかるんだと。そう継ぎ足す兄さんの顔が赤い。クロになにを言われたんだろう、聞くのが怖い。
 ぼんやりとそんなことを考えていると、兄さんが僕の隣に腰を下ろした。乾燥機の表示を見上げて、あ、後五分じゃんなんて呟くから僕も乾燥機を見上げながらぽつりと、ごめんとこぼした。

 「・・・いいよ、許してやる」

 もうするなよ、と言うから、それは約束できないと正直に言ったら尻尾で後頭部を叩かれた。


***

 久しぶりに星が見える帰り道、どうしても気になったので聞いてみた。

 「兄さん・・・もしかして、今・・・ノーパン?」
 「お前のストックもらいました」

 なんだよ、最初からそうすればよかったじゃないか。
 そう思ったけど、兄さんの手が僕の手にこつんと当たったので、言う代わりに手をつないだ。
 明日は晴れますように。兄さんから移ったあくびをかみ殺しながらそう思った。

 
 朝起きたら、土砂降りだったけど。

   




 ――――



 本当もう、ごめんなさい。