アンダースタンド




 
 「今日は、おまえ、寝てていいから。」

 
 雪男の寝台の上で、キスを繰り返して。燐の方からどことなく緊張の伝わってくるのに雪男が怪訝に思ったそばからのこの言葉だった。勿論、二人の間での「寝る」が睡眠を指すはずもなく、雪男は意味を計りかねて首を捻る。

 「何?どうしたの、突然」
 「別に、何もねーけど…」

 言い淀んだ燐の視線がさ迷う。何か言葉を探しているようにも見えた。雪男が助け船を出すつもりで、気分?と尋ねると、燐は聞くなよと顔を赤くして怒った。
 図星なのだろうが、燐にも兄の意地というものがあるのだろう。双子と言えど抱かれる立場であるなら尚更だ。
 そう燐の気持ちにあたりをつけている雪男をどう思ったのか、兎に角だ、と燐は少し焦れた様子を見せた。

 「だから、あれだよ!いつもの俺、みたいな感じでしててくれれば…」
 「…僕を抱きたいの?」
 「へ?」

 思ってもみなかったことを聞かれた。そんな顔で、燐が間抜けた声を上げた。そして何を想像したのか、今度は一気にその顔が赤くなる。

 「あ、えっと…それは…」

 先ほどまでの勢いをなくして燐が口ごもる。何とか伝えようとは思うものの、自分でもどう言っていいかわからず言葉を探している内に、先に雪男の方からいいよ、と短い言葉で返ってきた。

 「兄さんが好きな所まで、好きにしたらいい」
 「…何かお前、優しすぎて気持ち悪い…」
 「うるさいな」

 雪男だって、欲されてうれしくないわけがないのだ。燐の方でもそれが何となくわかって、ようやく――といっても、まだ緊張は大分残っていたが、燐の手が雪男へと伸びた。まずは眼鏡のサイドフレームを両手で持って、意外に丁寧な手つきで外す。そうして邪魔にならないベッドサイドに置くと、先に自分のシャツを脱いだ。その後雪男のシャツに手をかけるも、雪男の手は持ち上がらず、シャツはシーツとの間に挟まれて脱がせることはかなわない。

 「ちょ、雪男…」

 燐が不満そうな声を出すと、雪男の口角が意地悪そうに持ち上がった。明らかにわかってやっている。眼鏡がなくなって表情が読めやすくなった弟に、燐は抗議の代わりにシャツを引っ張って示した。雪男の笑みが深くなる。

 「だって、『いつもの兄さん』でいればいいんだろ?」
 「…のやろう」

 まさか普段の服を脱ぐにも非協力的な自分に対してここで弟から意趣返しされるとは思わなかったが、仕方ない。白い洗い晒しのシャツの裾を引っ張りあげながら雪男の腕を取って潜らせたところで、弟もようやく意地の悪いいたずらを終わりにしてくれた。灯りを落とした部屋でもはっきりとわかる均整のとれた体が露わになる。取った腕は銃を扱う者らしく堅くて、同じ瞬間に自分と生まれたにも関わらずそこには未熟さの欠片もないと燐は感じた。悔しいと、少し思う。守ってきたつもりで遙か自分の先を行っていたことを知った今は、尚更だ。しかしそれ以上に愛しさを覚えるようになったのはいつからだろう。
 自分のどこから生まれてくるかわからない壊すだけの力とはちがう、何かを守るしなやかな力を持つ腕。

 「…兄さん?」
 「……」

 訝しげな声に答える余裕は、燐にはなかった。視線を落としていた、関節の浮いた手首に噛みつくように唇を落とす。食むようにその形を味わってから、そのまま出した舌で肉の筋を辿る。肘まで行ってから、二の腕の裏の、まだ幾分柔らかい皮膚にちゅうと吸いついて、漸く雪男の視線がずっと燐に注がれていることに気がついた。
 多少の居心地の悪さを感じながらも、雪男は近眼だ。暗い部屋では色の区別だって朧気だろう。燐は構わずそのまま雪男をまたぐようにしていた体を折って、肌への口づけを重ねた。形のいい鎖骨に鼻先をすり付ければ、知った弟の匂いに安心する。喉仏から耳にも控えめに口づけた。

 「なあ?」
 「何?」
 「アレってどうつけんの?」
 「アレって?」
 「…キスマーク」

 ひそめながらも低くはっきりとした声音が雪男の耳朶に吹き込まれ、小さく雪男は息を呑んだ。兄がこんな声を出せるとは夢にも思わなかったから、正直、ぞくりとした。理由こそわからないまま、燐がしたいならと殊勝な気持ちでここまで好きにさせてきたが、次第に自分が興が乗ってくるのを感じて、雪男の目にも色が灯る。燐に気づかれないようにベッドサイドへ手を伸ばした。

 「つけたいの?」
 「…ん」

 こくりと燐が頷く。なら、と雪男は口でその「やり方」を教えてやった。

 「そう、それで強く吸う」
 「ん…あれ?つかねぇ」
 「下手だな。吸い方が弱いんだよ。もっとちゃんとやらないと」
 「るっせぇな、わかってるよ…っ、…あ。ついた。すげぇ」

 薄くついた赤い痕を見てすげぇすげぇと繰り返す燐に、さすがに雪男の眉間に皺が寄った。

 「もしかして、僕で遊んでる?」
 「知らねー」

 少し、楽しそうな声で燐が返す。コツを掴んだらしく、肌に唇を寄せては吸いつくを繰り返す燐を眺める内に雪男の体温も上がっていく。
 一方で燐もまた、熱を上げていく。熱い吐息が示すのは、明らかな興奮だ。

 「ふ、…は…雪男…」

 無意識の内に小さく名をつむいで、肌を滑らせた燐の手を雪男が指を絡めて握る。
 燐の唇はすでに臍まで降りてきて、その先にも服の上から口づけを繰り返す。

 「ズボン、脱ぐ?」

 先にそう言ったのは雪男だった。それに燐は首を振り、俺がやると軽く体を起こした。繋いだままの右手を解くのは惜しかったので、左手でズボンのボタンを外すのに手間取っていると、雪男も体を起こした。その顔を見て、燐が顔色を変える。

 「ちょ、眼鏡…!」
 「何?眼鏡がどうかした?」

 楽しそうに笑ってみせる雪男がいつの間にか眼鏡を戻している。自分から始めた行為ではあったものの羞恥心は捨てきれなかったから、見えないように外しておいたのにこれでは意味がない。
 慌てて自由な左手で眼鏡を取り上げようとするも、それより早くその手も取り上げられてしまった。もがいて見るも、普段から反動の強い大口径の銃を扱う握力を前にしては自分の怪力でもビクともしない。
 その上で、それじゃあ続けてと言う弟に唖然とした。

 「続けろって…。って、出来ねぇだろ!まず手ェ離せよ」
 「手使わなくても出来るだろ」

 それは即ち。

 「…口で?」
 「兄さんにしては冴えてるね」

 正解と教師の顔でにっこりと笑って見せる弟に、燐は目眩を覚えた。しかしだからといってここでやめるには体は高ぶり過ぎている。その狭間に立たされてたっぷり数十秒悩んだ燐はああもうと白旗を上げた。

 「…見るなよ?」

 顔が熱い。無駄だと知りながらも一応言いおいてから、燐は弟の立てた膝の間に座り込んで身を屈めた。恐る恐る顔を寄せて、立てた歯でジーンズのボタンを外そうと試みる。しかしそう簡単に外れる筈もなく、次第に自分の唾液で弟のジーンズが湿っていくのが酷く恥ずかしい。雪男の視線が肩胛骨の浮いた背中と、落ち着かなさを示すように揺れる尻尾、そしてあまり考えたくないが自分の口元にも注がれているのを感じながらも何とかボタンを舌で押し出すようにして外すと、ジッパーの摘みを顔を軽く傾けて歯で捕らえ、そのまま引き下ろす。

 「…変なとこで器用だよね」
 「…うるはい…」

 ぶっきらぼうに返す燐の肩胛骨が、不自然な体勢にあるからか小さく鳴った。しかし気にする余裕などお互いになかった。
 燐は雪男の下着のゴムをくわえて引き下ろすと顔を埋めるようにして目当てのものにそのままの勢いでくわえついた。流石の雪男もこれには多少驚いて息を詰めるから、燐の方でも多少溜飲が下りる。中途半端に寛げただけのジーンズとボクサーパンツのゴムに邪魔されながら舌を絡めるそれは十分熱い。燐は視線だけ上げて鼻を鳴らした。

 「みはか、おへはっへ…やふほひは、やふんはっへの」
 「…くわえたまま喋るなよ」

 はぁ、と熱い吐息を漏らして雪男がいう。片手が離れて、自由になった手で燐は雪男のズボンの前を広げると、目に見えて質量の増した弟のそれを深くくわえ込む。えづくぎりぎりまで咥内に招き入れて、括れに沿って舌を絡めるとじわりと痺れるような苦みが舌に広がった。自然眉根がよるが、離そうとは思わなかった。

 「っは…く…っ」

 弟の吐息が遠慮がちに降ってくる。双子だからか、感じる場所がそうお互いそう大差ないのは、普段弟が自分を責める上で容赦ないことからもわかっている。
 試しに舌の表面でカリを責めると明らかに感じいった声が耳に届いて、何だか自分も気持ちいいと燐は感じていた。時折上顎を相手の先が掠めるのも、擦りすぎてひりひりしてきた唇も。
 何より、鼓膜を震わせる声が。

「…兄さん…っ」

 自分を呼ぶ。目元にかかっていた燐の前髪が払われて、涙の浮いたまま目を上げると、見下ろす雪男の眼差しとかち合う。後頭部に置かれた手に促されて、燐は唇を離した。銀の糸が燐の唇から伝って落ち、シーツに小さな染みを作る。

 「…ゆきお…?」
 「も、いいから…」
 「っはぁ…っ、でも、まだ…」
 「いいから。交代」

 弟にしては珍しい端的な言葉だった。
 慣れないことをした舌がもつれて上手く言葉を紡げない内に、燐はベッドに引き倒された。


 ***


 「ひっ、あ…待っ、あっあっ、くぅ…あああっ!」

 雪男が深く入り込んでくる。それだけで大きく跳ねた燐の体は呆気なく絶頂を迎えてしまったらしい。慣らすだけを目的としていて大していじってやってもいないにも関わらずだ。
 どれだけ自分の体をいじって興奮したのか聞いてみたいと思うものの、雪男は雪男で余裕はなかった。先までの燐の所行でどうしようもなく高められているのは雪男も同じだった。
 向き合って自分を受け入れる燐は吐精こそ終わったものの、まだビクビクと震えていて、その快感の深さが知れる。しかし雪男は辛いだろう兄に敢えて手を伸ばした。ぬるつく燐のものに指を絡めて、自分と同じところまで再び追い上げる。

 「あっあふ、はっや…めぇっ…ぅあッ!あっんっやだ…やめっ、おれ、イったばっか…っ」
 「兄さんが勝手にイったんだろ。僕まだイけてない…っ」

 自制が利いてない。自分でもわかってる。見れば兄は泣いていて、やめてやるべきだと頭ではわかってるのにこの時はどうしても止まることができなかった。
 これ以上ないくらい燐の奥まで入り込んで、腰を使ってそこを穿ってやると燐はまた高い声で鳴いた。それに気をよくして、汗の浮いた胸元に唇を落とすと強く吸いついた。先ほどの燐の戯れなんか比ではない、黒といっても良いほどの鬱血痕。
 そのまま開いたまま閉じられない兄の唇にも口づけた。律動はそのままで、唇を離して額を重ねる。

 「兄さん、聞こえてる?…何で、あんなこと、言い出したの…?」
 「あっ?あっ…なに…ぅあ!」
 「自分で、する…っとか」
 「だ…、おまっ…ふあっ!い、つも…なんか…ぁ、がま、んしてる、からぁ…っああっや、そこ、やぁっ」
 「は、…我慢?」
 「ぁっ、だから…あ、もぉ…おれも、…ちゃんと、おまえが、ぁっほし…の、わかったかよ…ぉっ」
 
 燐の腕が雪男の首にまわる。そのまま力が入らない腕で、ぎゅうと抱きしめられた。

 ――例えば。
 兄の矜持が邪魔して燐が自分から服を脱ぐこともできなかったら、それを彼はどう思うか。
 雪男は賢い。自分が出せない気持ちまでちゃんと汲んで、その上で自分が意地を張ってしまうところもわかってくれる。しかしそれは雪男に甘えてるにすぎない。
 ちゃんと好きだから、自分から手を伸ばしてみた。その上で、遠慮するなと自分は弟に言いたかった。
 それがどれだけ伝わってるか、燐にはわからなかったから、その分回した腕に力を込めた。その時だった。

 「……ぅあっ!?」

 不意に燐の口から悲鳴が上がる。雪男の両腕が燐の背中に回り、そのまま抱き上げそのまま弟の膝の上に載せられた。無論、繋がったままで。

 「あ…っは…」

 燐の目が閉じるでないし見開かれる。こんな体勢は初めてだった。もう無理だと思った更にその奥まで貫かれて、いっそ苦しい。不安定な体勢に怯えてしっかり雪男の背中に腕を回してしがみつく燐に、雪男は小さく笑みを敷いた。本人は気づいているのだろうか、見れば尻尾まで雪男の背中に回っていて、緩く下から突き上げると、やはり燐はその腕に力を込める。

 「ぁ…ぅあ、ちょ!まっ…や、め…あっあっふあっ!」
 「…我慢、か」

 耳元に雪男の声が直接吹き込まれる。言葉で応えられない代わりに燐が視線を返すと、そこには、自分を見る同じ色の瞳。その目がどこか不穏な光を持っていて、燐はぎくりとした。

 「じゃあその言葉に甘えようか。たまにはね。…まずは、そうだな。このまま僕をイかせてみせろよ」
 「……な、か…おこってる…?」
 「別に」

 答えを貰えないまま、ほら早く、と腰を揺すられて動ける訳のない燐はそれでも頑張らされる羽目になる。

 その後。
 燐がすっかり動けなくなって雪男は漸く「嬉しかったけど、兄さんにしてやられたのがムカついた」と吐いた。意地っ張りは兄弟揃って変わらないらしい。

 




 ――――



 雪燐の基本は理性の男(笑)雪男の代わりに燐の欲情から入るのが持論ですが、たまには雪男のタガも外してみたいっていう。そこまでテンション持っていくのに抜群の面倒臭さを誇る雪男が好きだ。