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「何?どうしたの、突然」 言い淀んだ燐の視線がさ迷う。何か言葉を探しているようにも見えた。雪男が助け船を出すつもりで、気分?と尋ねると、燐は聞くなよと顔を赤くして怒った。 「だから、あれだよ!いつもの俺、みたいな感じでしててくれれば…」 思ってもみなかったことを聞かれた。そんな顔で、燐が間抜けた声を上げた。そして何を想像したのか、今度は一気にその顔が赤くなる。 「あ、えっと…それは…」 先ほどまでの勢いをなくして燐が口ごもる。何とか伝えようとは思うものの、自分でもどう言っていいかわからず言葉を探している内に、先に雪男の方からいいよ、と短い言葉で返ってきた。 「兄さんが好きな所まで、好きにしたらいい」 雪男だって、欲されてうれしくないわけがないのだ。燐の方でもそれが何となくわかって、ようやく――といっても、まだ緊張は大分残っていたが、燐の手が雪男へと伸びた。まずは眼鏡のサイドフレームを両手で持って、意外に丁寧な手つきで外す。そうして邪魔にならないベッドサイドに置くと、先に自分のシャツを脱いだ。その後雪男のシャツに手をかけるも、雪男の手は持ち上がらず、シャツはシーツとの間に挟まれて脱がせることはかなわない。 「ちょ、雪男…」 燐が不満そうな声を出すと、雪男の口角が意地悪そうに持ち上がった。明らかにわかってやっている。眼鏡がなくなって表情が読めやすくなった弟に、燐は抗議の代わりにシャツを引っ張って示した。雪男の笑みが深くなる。 「だって、『いつもの兄さん』でいればいいんだろ?」 まさか普段の服を脱ぐにも非協力的な自分に対してここで弟から意趣返しされるとは思わなかったが、仕方ない。白い洗い晒しのシャツの裾を引っ張りあげながら雪男の腕を取って潜らせたところで、弟もようやく意地の悪いいたずらを終わりにしてくれた。灯りを落とした部屋でもはっきりとわかる均整のとれた体が露わになる。取った腕は銃を扱う者らしく堅くて、同じ瞬間に自分と生まれたにも関わらずそこには未熟さの欠片もないと燐は感じた。悔しいと、少し思う。守ってきたつもりで遙か自分の先を行っていたことを知った今は、尚更だ。しかしそれ以上に愛しさを覚えるようになったのはいつからだろう。 「…兄さん?」 訝しげな声に答える余裕は、燐にはなかった。視線を落としていた、関節の浮いた手首に噛みつくように唇を落とす。食むようにその形を味わってから、そのまま出した舌で肉の筋を辿る。肘まで行ってから、二の腕の裏の、まだ幾分柔らかい皮膚にちゅうと吸いついて、漸く雪男の視線がずっと燐に注がれていることに気がついた。 「なあ?」 ひそめながらも低くはっきりとした声音が雪男の耳朶に吹き込まれ、小さく雪男は息を呑んだ。兄がこんな声を出せるとは夢にも思わなかったから、正直、ぞくりとした。理由こそわからないまま、燐がしたいならと殊勝な気持ちでここまで好きにさせてきたが、次第に自分が興が乗ってくるのを感じて、雪男の目にも色が灯る。燐に気づかれないようにベッドサイドへ手を伸ばした。 「つけたいの?」 こくりと燐が頷く。なら、と雪男は口でその「やり方」を教えてやった。 「そう、それで強く吸う」 薄くついた赤い痕を見てすげぇすげぇと繰り返す燐に、さすがに雪男の眉間に皺が寄った。 「もしかして、僕で遊んでる?」 少し、楽しそうな声で燐が返す。コツを掴んだらしく、肌に唇を寄せては吸いつくを繰り返す燐を眺める内に雪男の体温も上がっていく。 「ふ、…は…雪男…」 無意識の内に小さく名をつむいで、肌を滑らせた燐の手を雪男が指を絡めて握る。 「ズボン、脱ぐ?」 先にそう言ったのは雪男だった。それに燐は首を振り、俺がやると軽く体を起こした。繋いだままの右手を解くのは惜しかったので、左手でズボンのボタンを外すのに手間取っていると、雪男も体を起こした。その顔を見て、燐が顔色を変える。 「ちょ、眼鏡…!」 楽しそうに笑ってみせる雪男がいつの間にか眼鏡を戻している。自分から始めた行為ではあったものの羞恥心は捨てきれなかったから、見えないように外しておいたのにこれでは意味がない。 「続けろって…。って、出来ねぇだろ!まず手ェ離せよ」 それは即ち。 「…口で?」 正解と教師の顔でにっこりと笑って見せる弟に、燐は目眩を覚えた。しかしだからといってここでやめるには体は高ぶり過ぎている。その狭間に立たされてたっぷり数十秒悩んだ燐はああもうと白旗を上げた。 「…見るなよ?」 顔が熱い。無駄だと知りながらも一応言いおいてから、燐は弟の立てた膝の間に座り込んで身を屈めた。恐る恐る顔を寄せて、立てた歯でジーンズのボタンを外そうと試みる。しかしそう簡単に外れる筈もなく、次第に自分の唾液で弟のジーンズが湿っていくのが酷く恥ずかしい。雪男の視線が肩胛骨の浮いた背中と、落ち着かなさを示すように揺れる尻尾、そしてあまり考えたくないが自分の口元にも注がれているのを感じながらも何とかボタンを舌で押し出すようにして外すと、ジッパーの摘みを顔を軽く傾けて歯で捕らえ、そのまま引き下ろす。 「…変なとこで器用だよね」 ぶっきらぼうに返す燐の肩胛骨が、不自然な体勢にあるからか小さく鳴った。しかし気にする余裕などお互いになかった。 「みはか、おへはっへ…やふほひは、やふんはっへの」 はぁ、と熱い吐息を漏らして雪男がいう。片手が離れて、自由になった手で燐は雪男のズボンの前を広げると、目に見えて質量の増した弟のそれを深くくわえ込む。えづくぎりぎりまで咥内に招き入れて、括れに沿って舌を絡めるとじわりと痺れるような苦みが舌に広がった。自然眉根がよるが、離そうとは思わなかった。 「っは…く…っ」 弟の吐息が遠慮がちに降ってくる。双子だからか、感じる場所がそうお互いそう大差ないのは、普段弟が自分を責める上で容赦ないことからもわかっている。 「…兄さん…っ」 自分を呼ぶ。目元にかかっていた燐の前髪が払われて、涙の浮いたまま目を上げると、見下ろす雪男の眼差しとかち合う。後頭部に置かれた手に促されて、燐は唇を離した。銀の糸が燐の唇から伝って落ち、シーツに小さな染みを作る。 「…ゆきお…?」 弟にしては珍しい端的な言葉だった。
雪男が深く入り込んでくる。それだけで大きく跳ねた燐の体は呆気なく絶頂を迎えてしまったらしい。慣らすだけを目的としていて大していじってやってもいないにも関わらずだ。 「あっあふ、はっや…めぇっ…ぅあッ!あっんっやだ…やめっ、おれ、イったばっか…っ」 自制が利いてない。自分でもわかってる。見れば兄は泣いていて、やめてやるべきだと頭ではわかってるのにこの時はどうしても止まることができなかった。 「兄さん、聞こえてる?…何で、あんなこと、言い出したの…?」 ――例えば。 「……ぅあっ!?」 不意に燐の口から悲鳴が上がる。雪男の両腕が燐の背中に回り、そのまま抱き上げそのまま弟の膝の上に載せられた。無論、繋がったままで。 「あ…っは…」 燐の目が閉じるでないし見開かれる。こんな体勢は初めてだった。もう無理だと思った更にその奥まで貫かれて、いっそ苦しい。不安定な体勢に怯えてしっかり雪男の背中に腕を回してしがみつく燐に、雪男は小さく笑みを敷いた。本人は気づいているのだろうか、見れば尻尾まで雪男の背中に回っていて、緩く下から突き上げると、やはり燐はその腕に力を込める。 「ぁ…ぅあ、ちょ!まっ…や、め…あっあっふあっ!」 耳元に雪男の声が直接吹き込まれる。言葉で応えられない代わりに燐が視線を返すと、そこには、自分を見る同じ色の瞳。その目がどこか不穏な光を持っていて、燐はぎくりとした。 「じゃあその言葉に甘えようか。たまにはね。…まずは、そうだな。このまま僕をイかせてみせろよ」 答えを貰えないまま、ほら早く、と腰を揺すられて動ける訳のない燐はそれでも頑張らされる羽目になる。 その後。 |